井原ゆたかさんの大叔父は井原勇さんになります。
井原勇さんは祖父・井原弥太郎さんの弟になる方です。
大叔父の井原勇さんは、与野市長を5期務めた方になります。
さらに、さいたま市誕生に大きな役割を果たした人で、さいたま市として合併するまでさいたま市長職務執行者を2001年5月1日~2001年5月26日まで務めてもいます。
当記事では、大叔父の井原勇さんについて書きました。
井原勇は井原ゆたか(隆)の大叔父!
井原勇さんは井原ゆたかさんの大叔父にあたります。
私の大叔父の井原勇も含め、3市合併に携われた市長が旅立たれ、我々世代に未来のさいたま市が負託された、、、ということにもなるでしょう。当時、合併の先に描かれた未来を我々で着実に創っていくという重責、旧市長の想いも引継いで、しっかりと果たさねばなりません。
引用:https://www.facebook.com/photo?fbid=2513405548953667&set=a.1406640542963512&locale=ja_JP
2019年10月5日のフェイスブックにて、井原勇さんについて投稿をされています。
大叔父の井原勇とは?
大叔父の井原勇さんのプロフィールと学歴は
- 名前:井原勇(いはらいさむ)
- 1926年11月17日~2007年10月7日(80歳)
- 出身地:埼玉県北足立郡与野町(現さいたま市中央区)
- 学歴:旧制浦和中学校(現、埼玉県立浦和高校)→東京大学 工学部
経歴ですが
大学卒業後に新潟鐵工所に入社し、新潟コンバータ取締役や大宮工場長を務める
1979年に与野市の収入役に就任
1983年5月1日~2001年4月30日、与野市長(5期)
さいたま市として合併するまでさいたま市長職務執行者(期間限定の代理市長)を2001年5月1日~2001年5月26日まで務める
市長職務執行者の期間満了とともに政界引退
2002年4月29日、勲三等に叙され瑞宝章を受章
2003年4月1日、さいたま市名誉市民として顕彰
※新潟コンバータは株式会社日立ニコトランスミッションの前身となります。
新潟コンバータは
新潟鐵工所がトルクコンバータによる鉄道用液体式変速機を製造するため、アメリカ合衆国のツインディスク・クラッチ社と技術提携し、1952年12月に新潟県加茂市に設立された。
引用:Wikipedia
さらに、井原勇さんは、県市長会会長・県資産経営協会長なども務めていました。
ちなみに
井原勇さんの父親は貿易商を営み与野町会議員・与野町長・埼玉県議会議員を務めた井原和一さんです。
井原家は与野でも有数の名家で、曾祖父の弥四郎さんと祖父の貞亮さんは与野町長を務めるなどの凄い家柄になります。
以上が、大叔父の井原勇さんに関する記事ですね。
井原ゆたかさんの家柄はかなり凄い事が分かりました。
大叔父の井原勇さんは5期連続で与野市長を務めていますが、市民の人達の評価が高いからこその結果なんでしょうね。

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