おやつカンパニーの横山正志さんは1989年に同社に入社をしています。
入社後は営業を担当し、好成績を納めます。
1999年に突然に東京に異動が決まり、猛烈に働き好成績を収めました。
2016年の「ベビースターラーメン(松阪牛をベビースター史上最高に練り込みました味)」は初めて商品企画から担当した商品で、最初は開発に苦労をしましたが、アミューズメント会社の提案により、同商品が出来ました。
2023年に生え抜き初の同社のトップになります。
横山正志さんは自身がトップになれるとは思っていませんでした。
当記事では、そんな横山正志さんについて書きました。
横山正志のwiki風経歴は?【おやつカンパニー】
横山正志さんの経歴ですが
- 1989年に株式会社松田食品(現、株式会社おやつカンパニー)に入社。
- 名古屋営業所長、大阪支店長、西日本統括部長、東日本統括部長を歴任。
- 2019年に常務執行役員 営業本部長
- 2022年に代表取締役副社長
- 2023年11月に代表取締役社長
そんな横山正志さんの経歴の詳細を見て行きましょう。
入社後
横山正志さんは1989年に同社に入社をしています。
入社時の社名は「松田食品」で入社5年目におやつカンパニーに名前が変わりました。
入社後は営業担当を務め業績を上げました。
1999年にベビースターの兄弟ブランド「ラーメン丸」が発売した時に突然東京に異動となります。
「すぐに行け」と決まり、当時は営業部隊が多くなかったので、1日どれだけお客さんに会えるのかを考えて、夜まで働く猛烈社員でした。
ラーメン丸は商品の供給が追い付かない程売れたので、取引先に怒られたそうです。
ベビースターの松阪牛味の商品企画から担当
2016年の「ベビースターラーメン(松阪牛をベビースター史上最高に練り込みました味)」は営業一筋の横山正志さんが初めて商品企画から担当した商品になります。
当初はデフレで菓子市場は価格競争が凄かったので、営業提供力や商品企画力は考慮されなくて、価格のみの勝負となってしまい、横山正志さんの頭の中がいつも数字で一杯でした。
そんな時にアミューズメント会社から
クレーンゲームの景品向けに良いものをつくってほしい。どれだけコストがかかってもいい
と言われた事で、営業部門と開発部門が一緒になり商品企画を進め、三重県の高級食材の松阪牛を極限まで練り込んだ史上最強のベビースターラーメンを作る事になります。
この商品はSNSでも話題になって、初回発注商品は間もなく売り切れます。
横山正志さんは、様々な限定企画商品の開発を通じ、お客さんの満足の上をいく価値を提供できると、お客さんは価値に見合った範囲の中で値頃感を感じて貰える事を知り、現在では横山正志さんは開発部門に対し
価格ラインの上限を決めるな
この価格で売ろうと考えるのではなく、イノベーションを起こすものづくりにチャレンジすることが大事だ
と言ってるそうです。
初の生え抜きトップになる
2023年に初の生え抜きトップになりました。
横山正志さんは自身が社長になるとは思っていませんでした。
2024年にアメリカの現地法人を設立した事は横山正志さんにとって大きな決断となります。
中期計画で一番力を入れているのは海外戦略です。昨年、アメリカに現地法人を設立しました。これは私にとって大きな決断でした。ベビースターの海外展開は1983年の香港への輸出開始から40年以上の歴史がありますが、麺文化が浸透しているアジア圏が中心でした。北米では本格的な参入は実現できていません。
ちなみに、横山正志さんはおやつカンパニーの会長の松田好旦さんが社長時代から
とよく言われてたそうです。
以上が、横山正志さんに関する記事ですね。
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