入江伸子さんは東京都新宿区出身で、幼稚園から大学まで成城に通っていました。
大学時代には「フジテレビFNNスピーク」でお天気おねえさんをしています。
フジテレビ報道局の入江敏彦さんと結婚をし、夫の仕事の影響で家族でエジプトのカイロに移り住みます。
その後、1994年12月に飛行機が落ちた事で夫が亡くなってしまい、2人の息子を連れ帰国をします。
帰国後はフジテレビの契約社員を務めて、その後同社に中途入社をします。
同社では、編成局の主任や副部長・部長職などを務めて、2017年7月に同社を退社します。
息子2人が社会人になった時に、都知事選の小池百合子さんに魅せられた事により政治の道を進みます。
そんな入江伸子さんはシングルマザーとして息子2人を育てて、再婚相手はいません。
当記事では、入江伸子さんについて書きました。
入江伸子(のぶこ)のwiki風プロフィール&学歴は?
入江伸子さんのプロフィールですが
- 生年月日:1962年5月30日
- 東京都新宿区生まれ
- 血液型:B
- 趣味:車の運転、料理、映画鑑賞、スキー、ダイビング
- 好きな言葉:為せば成る、臥薪嘗胆(がしんしょうたん)、一度一会
幼稚園から大学まで成城学園に通っています。
成城大学文芸学部英文学科を卒業しています。
入江伸子(のぶこ)の経歴は?
フジテレビ報道記者の入江敏彦さんと結婚をし、夫がフジテレビカイロ支局長になった事で、家族でエジプトのカイロに移り住みます。
1994年12月にルワンダ難民取材の為にチャーターした飛行機がケニアのナイロビで落ちた事で、夫は32歳で亡くなりました。
そして、6歳の長男と生後11ヶ月の次男を連れて日本に帰国します。
帰国後しばらくはフジテレビ契約社員として勤務をし、1997年4月にフジテレビに中途入社します。
当時の上司に「働きたいなら、週3日でもいいからフジテレビで働きなさい」と言ってくれ、入江伸子さんも「息子達を育てる為に、社会と関わりを持ちしっかり生きていきたい」と考えたので、働く事を決めます。
元々は契約社員で週3日勤務の予定でしたが、週5以上勤務をしてて、その頑張りを評価され、中途採用で社員になりました。
その後は、バラエティ制作、フジテレビキッズなどに所属し、主に子育てや子どもに関するコンテンツの企画やプロデュースを行います。
「少しでもママ・パパや子供達に夢を与えたい」と思いがあり、子供がいる家庭に色々な情報提供が出来る番組があればいいなと常に考えていました。
そして、局内に子育て中の女性社員が多かったので、ママサークルを作り情報共有をし、番組企画を提案し、「子育てれび」という番組を実現します。
「ポンキッキーズ」も担当しています。
さらに、編成制作局の主任や副部長、部長職としてマネジメントも行い、2017年7月に退職をします。
政治の道に進む
入江伸子さんが政治の道に進んだきっかけですが
息子2人を社会人にしてほっとしてた時に、都知事選挙の小池百合子さんの圧倒的なパワーとオーラに魅せられました。
元々、大学生時代にニュースで天気予報を担当し、報道記者の奥さんだった事もあり、国内の政治に興味は持っていました。
なので、小池さんの政策を聞いて行く内に、「自分の経験を活かして、知事を支えたい」と思うようになり、希望の塾に参加します。
そして、その後の経歴は
- 2017年7月2日、東京都議会議員選挙でトップ当選
- 2020年4月23日に「自ら学ぶ子どもに育てる 〜息子2人が東大に現役合格した、ワーキングマザーの子育て術〜」を出版し、子育てアドバイザーとして活動を始める
- 2021年6月20日 に『「賢い子」は料理で育てる』を出版
- 2021年7月4日に東京都議会議員選挙で二期目の当選し、文教委員会 委員長・財政委員会 理事・総務委員会 理事などを歴任
- 2025年6月9日 都政だけでは解決できない問題を国政でとりくむために国民民主党に入党
それ以外にも
東京行政書士政治連盟 顧問
一般社団法人グラミン日本 アドバイザリーボード
全日本海員組合政治 政治参与
筑波大学附属駒場中学・高等学校 後援会特任理事
学校法人学習院 賛助員
子育てアドバイザー
元フジテレビ編成制作局部長職
などを務めています。
入江伸子に再婚相手はいない
入江伸子さんは夫がなくなった後は、シングルマザーとして2人の息子を育てています。
筑波大学附属駒場高校と東京大学を卒業し、社会で活躍しています。
長男は高校時代から哲学に興味があり、大学では超域文化科学を学び、大学でアメリカ思想史・アメリカ史学という学問領域を教えています。
次男はテレビ局に就職をし、編成局やバラエティ番組の制作を担当し、2024年頃からコンサルタント業に従事しています。
入江伸子さんは再婚をしていません。
フジテレビに勤務してた時に、夫の上司だった人と新しい家族の形を目指し同居してた時期もありましたが、上手く行かなったそうです。
入江さん:フジテレビに勤めるようになって、夫の上司だった方が私たち家族を気づかい、やさしく接してくれたんです。新しい家族の形を目指して同居した時期もあったのですが…結局うまくいかなくて。子どもたちは私の気持ちを察して、「これからはお母さんと僕たちだけで暮らそうよ」と言ってくれました。振り返ると、子どもたちにはいろいろな苦労をかけたと思います。でも、その経験があったから、さらに母性が深まった気がします。彼らにはとにかく、生きていてくれてありがとうという気持ちです。
以上が、入江伸子さんに関する記事でした。
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