安次富浩さんは1946年6月に東京都墨田区で生まれになります。
学歴は
となります。
1972年7月に沖縄県庁中部福祉事務所に採用され、2007年3月に沖縄県庁を退職しています。
2000年にヘリ基地反対協議会の共同代表に就任をし、2021年に同会の顧問に就任しています。
さらに、2018年2月に名護市議補欠選に立候補をし、1万5927票を獲得しています。
当記事では、安次富浩さんについて書きました。
安次富浩のwiki風学歴|出身高校・大学は興南・琉球!
安次富浩(やすとみひろし)さんのプロフィールと学歴ですが
1946年6月に東京都墨田区で生まれる。
1963年10月、父親の故郷の沖縄県国頭郡の金武町(きんちょう)に移り住みます。
1966年3月、興南高校(2期生)を卒業。
1966年4月、琉球大学法文学部史学科に入学。
1970年3月、琉球大学法文学部を卒業。
ちなみに、琉球大学は沖縄県中頭郡西原町の国立大学で、法文学部は2018年4月より人文社会学部になっています。
そして、興南高校は
- 沖縄県那覇市にある私立高校
- 偏差値は、普通科特別進学コース53・普通科総合進学コース49
安次富浩の経歴は?
安次富浩さんの経歴ですが
1972年7月、沖縄県庁中部福祉事務所採用。
2007年3月、沖縄県庁を定年退職。
それ以外に
労働運動分野では、県職労本部執行委員・自治労県本部執行員(北部総支部常任委員長)を歴任しました。
市民運動では、一坪反戦地主設置に参加し、同北部ブロックの代表幹事を務めます。
1997年の名護市民投票では、「ヘリポートいらない名護市民の会」事務局長に就任。
2000年にヘリ基地反対協議会の共同代表に就任。
さらに、2026年3月15日のしんぶん赤旗にて、安次富浩さんはテント村元村長として紹介されていました。
テント村元村長の安次富浩さんは、「命を守る会のおじいやおばあ」をはじめ、亡くなっていった多くの人の思いを若い世代に継承していかなければと強調。「オール沖縄が分裂しては勝利できない」と述べ、9月の知事選で玉城デニー知事の必勝をつかむために団結を呼びかけました。
名護市議選に立候補
2018年2月4日の名護市議補欠選に立候補をしています。
以上が、安次富浩さんに関する記事ですね。
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