後藤慶太郎(Dリーガー)の画像&wiki風学歴|年齢は36歳で身長は179!

スポンサーリンク

後藤慶太郎さんは愛媛県宇和島市で生まれ育ちました。

1990年11月生まれの36歳で身長は179になります。

小さい時から色々な運動をして来て、兄の影響で中学・高校は野球部に所属していました。

津島高校の野球部では最終的には新入部員が自分しかいない状態でしたが、3年間頑張りました。

野球部引退後に友達から文化祭で一緒にダンスをする事を誘われた事で、ダンス教室に通い始め、ダンスに熱中をしました。

高校卒業後は一度三重県の会社に就職をするも、ダンスへの想いが強くなり過ぎて、半年程で退職をしダンスの道に進みます。

当記事では、そんな後藤慶太郎さんについて書きました。

スポンサーリンク
目次

後藤慶太郎(Dリーガー)の画像&wiki|年齢は36歳で身長は179!

後藤慶太郎さんのプロフィールですが

  • 年齢:1990年11月18日生まれの36歳
  • 愛媛県宇和島市出身
  • 身長:179
  • 所属:FULLCAST RAISERZ、RAG POUND

後藤慶太郎さんの経歴は

高校3年時からダンスを始める。2013年には日本最高峰のダンスバトルイベント「DANCE@LIVE JAPAN FINAL HIPHOP SIDE」で準優勝。15年、ドイツで行われたKRUMP世界大会「GERMANY 1 on 1 KRUMP BATTLE. CALL OF BATTLE」で準優勝した。

同年にはパリでの「KRUMP BATTLE PARIS ILLEST」でベスト24に入るなど、繊細でクリアな動きとキレのあるパフォーマンスを武器に、様々なコンテストやバトルで好成績を残してきた。

日本KRUMP界を代表するダンサーで、国内に留まらず海外からの評価も高い。

現在は日本発のプロダンスリーグ「D.LEAGUE」のFULLCAST RAISERZに所属し、サブリーダーを務める。韓国の人気グループ「東方神起」のLIVE振付を任されるなど、アーティストの振付も行う。モデルとしても活躍するなどマルチに活動している

引用:https://www.ninomiyasports.com/archives/95332

後藤慶太郎さんはダンサーネーム「KTR」を名乗っていますが、その由来は

海外でも呼びやすいように、慶太郎の頭文字を取ってつけた。「自分が心から大事にしている親からつけてもらった名前をレペゼン(代表)したいとの思いでつけました」。

スポンサーリンク

後藤慶太郎の学歴は?小さい時から高校卒業まで

続いて、後藤慶太郎さんの小さい時から高校卒業までを見ていきましょう。

宇和島市で生まれ育つ

後藤慶太郎さんは宇和島市で生まれ育ちます。

海・山など自然に囲まれた所で育ちました。

小さい時から体を動かす事が好きで、小学校の頃にはソフトボール・陸上・水泳など色々なスポーツをして育ちます。

兄の影響で野球部に所属

3歳上の兄がソフトボールから野球に行ったので、後藤慶太郎さんも中学・高校時代は野球部に所属していました。

両親は後藤慶太郎さんを伸び伸びと育てました。

父親は後藤慶太郎さんについて

父・浩隆が「自然の中で遊び、運動神経を養っていったんじゃないでしょうか」と口にするように、少年時代から身体を動かすことが大好きだった。

父・浩隆によれば、性格は「優しい子」という。「言葉掛けがきれいで気が利く。手のかからない子でしたね」。

引用:https://www.ninomiyasports.com/archives/95332

と話されています。

ちなみに、兄は結婚をしています

2011年3月24日のXにて、6月27日頃に兄の結婚式で愛媛に帰る事をポストしています。

引用:https://x.com/goto_ktr/status/50794428650106880?s=20

さらに、この様なポストもしてるので、兄とは良好な関係である事が分かります。

スポンサーリンク

津島高校の野球部に所属

高校は、兄と同じ津島高校の野球部に所属します。

ただ、兄とは3学年離れてるので、一緒に学校には通いませんでした。

同校の野球部では最終的に新入部員は自分しかいない状態で下級生での役割が全部自分がしなければいけなくなりましたが、野球を頑張っていました。

当時は野球部の選択肢は思い浮かばない状態でした。

3学年離れているため、同時期に通うことはなかったが、兄と同じ学校、部活に入った。津島高校では最終的な新入部員が自分しかおらず、下級生としての役割は全部回ってきた。それでも野球部を最後まで辞めなかった。「それ以外の選択肢は思い浮かばなかった」と続けてきた野球。高校3年の夏、大会で敗れ、ユニホームを脱ぐこととなった。

引用:https://www.ninomiyasports.com/archives/95332

津島高校について、以下の様なポストをされてるので、高校時代はいい思い出だったのではないでしょうか。

スポンサーリンク

野球部引退後にダンスに夢中になる

野球部を引退後に友達から「文化祭で一緒にダンスやらない」と言われ、何か熱中できるものを探してたので、ダンスをする事を決めます。

中学時代にダンスをしてる友達を見てカッコいいと思う事はありましたが、当時は自分とは縁遠いものと思っていました。

練習の為に地元に唯一あるダンススクール「PUMP UP DANCE SCHOOL」に通い始め、ダンスに没頭する様になります。

当時について

ダンスは決してうまくはなかったけど、ただ楽しかった。

と話されています。

このダンス教室の創設者で講師を務める西蔭徹さんにはダンスだけでなく人生について教わりました。

西蔭さんは後藤慶太郎さんのダンスを高く評価されています。

ダンス教室では西蔭さんが主に踊ってるKRUMPを習い、文化祭ではR&Bのダンスを披露し、色々な人に褒められました。

高校卒業後直前の4月に松山市の千舟ダンスカニ―バルに友人と出て、優勝をしました。

高校卒業後は三重県の会社に就職

高校卒業後は三重県の会社に就職をし、ダンスの練習も続けていました。

最初はダンスで食べて行くつもりはありませんでしたが、就職して半年程経った時に、仕事をしながらだとダンスの時間が短かったので、「ダンスをもっと上手になりたい」と言う気持ちが日に日に強くなり抑えきれずに退職をし、ダンスの道に進みます。

大阪にはKUMAPERの凄い人達がいるので、大阪に行く事を決めました。

以上が、後藤慶太郎さんに関する記事ですね。

後藤慶太郎さんは野球部出身なんですね。

野球部出身の人達は男らしくて礼儀正しい人が多いイメージなので、後藤慶太郎さんのインタビューの受け答え方を見てると野球部出身な事には納得です。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする

CAPTCHA

目次