須田英太郎の学歴|高校・中学は開成出身でラグビー部を立ち上げる!

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須田英太郎さんの学歴は

中学・高校は開成で、東京大学 教養学部文化人類学専攻・東京大学大学院 総合文化研究科出身になります。

中学・高校時代はラグビー部で、高校は自ら同部を立ち上げています。

東京大学 文化一類に合格をし、法学系に進まず教養学部に進みました。

大学時代は長期休暇中や休学中にミャンマーに行っています。

大学院に入る頃にミャンマーの民主化が進み、現地の変わって行く様子を見て、興味が制度とテクノロジーと文化の関係に移行し、大学院では科学技術社会論・開発人類学を学びます。

大学院時代には修士1年が終わった年に休学をし、文筆業と編集者の活動に専念をします。

当記事では、そんな須田英太郎さんの学歴や学生時代について書きました。

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目次

須田英太郎の学歴|高校・中学は開成出身!

須田英太郎さんは1990年10月27日生まれで、神奈川県横浜市出身です。

自身の出身地についてnoteにて

僕の育った町は、横浜市の西側辺境に位置していて、さながらトルメキア王国のはるか外れ、エフタル砂漠の淵にひっそりとたたずむ風の谷のような場所です。はるか地平線の先に見えるその煙突は、僕が小学生のときから煙を吐き続けていて、小学生の僕はその煙突を見る度に、はるか遠くの巨大な工場に思いを馳せていました。

引用:https://note.com/btaros/n/n11692222f0c3

中学・高校は開成出身です。

東京大学 文科一類に合格し、法学系には進まず東京大学 教養学部 文化人類学専攻になります。

大学卒業後は、東京大学大学院総合文化研究科で科学技術の実用化について文化人類学の視点で研究を行いました。

そんな須田英太郎さんの学生時代について見て行きましょう。

中学・高校時代は?

中学・高校時代はラグビー部で、ポジションはスクラムハーフでした。

高校ではラグビー部がありませんでしたが、須田英太郎さんが中心になりラグビー部を立ち上げました。

峰島侑也さんとは中学~大学まで同級生になります。

峰島さん曰く

当時から新しい事にチャレンジしようとする気持ちが強かった。

との事です。

さらに、昔の須田英太郎さんは身長がそこまで高くありませんでした。

安野貴博さんとも中学・高校も同級生で、大学では1学年上になるので、高校卒業してから大学時代はあまり関わる事はありませんでした。

大学受験の時には1年間浪人をしています。

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大学時代

進学予定の法学部ではなく文化人類学を専攻しました。

大講堂の一方通行型マスプロ授業が合わなかったそうです。

さらに、「人の営みや文化・生活がどういう構築のされ方をしているんだろうか?どういう風に人の考えって人の中にインストールされていくものなんだろうか?」という部分に関心があり、その中で「色々な人々はどう生活しているかの?」という部分に関心があったので、文化人類学をやり始めました。

長期休暇の度に海外旅行に行き、民主化が始まったばかりのミャンマーの2011年にドキュメンタリー「ビルマの背中」を撮影をしています。

さらに、大学3年時に半年休学をしてミャンマーに行きました。

大学ではビーチラグビーをしてて、2015年と2017年に優勝をしています。

須田英太郎さんがビーチラグビーを始めた理由は

私たちは、なぜ、わざわざ東大に入ってまでこのスポーツに本気で取り組んでいるのだろうか。それはビーチラグビーには、他の団体競技では味わえない刺激があるからだ。

ビーチ「ラグビー」と聞くと、「痛い」とか「マッチョ」というイメージをするのではないだろうか。しかし、ビーチラグビーにはタックルがなく、必ずしもマッチョになる必要もない。

また、5人対5人で行われ、かつ前にパスを投げることができるダイナミックなビーチラグビーでは、筋肉量よりも、スピードや、作戦を考える頭脳が必要とされる。自分のパスが得点につながったとき、味方のランで相手のディフェンスを崩したとき、仲間と一つになって勝利を手にしたとき、何とも言えない爽快感と達成感を手にすることができる。

引用:https://www.todaishimbun.org/beach_boys0401/

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大学院時代

大学院に入る頃に、ミャンマーの民主化が進み、現地の友達が知塾やネットカフェなど自身のビジネスを立ち上げ、解禁されたフェイスブックで民主化を祝うギター弾き語りなどがハズってて、そんなミャンマーの様子を見て須田英太郎さんの興味は制度とテクノロジーと文化の関係に移り、大学院では科技術社会論や開発人類学を学びます。

大学院時代には、ミャンマーのフォトジャーナルを日経BPで連載していましたが、修士1年が終わった年に休学をし、文筆業と編集者の活動に専念をします。

テーマは「文化芸術とテクノロジーの掛け合わせ」になります。

さらに、ウェブメディア「自動運転の論点」の編集長を務め、交通工学やAIだけでなく、科学哲学や建築、デザインなどの視点で自動運転を論じ、人間にとっての幸福や利便性について突き詰めていき、その後平凡社から書籍として出版もしました。

大学4年時から関わってた公益財団法人東京大学新聞社でプロデューサーと広告営業を担当し、東大の女子学生向けのハッカソンの企画などを行いました

東大の女子学生向けのハッカソンの企画とは

東大の工学・情報系の学科の女性比率が少ない問題に対して、コーディング初心者の学生と、採用を見据えて東大生とコミュニケーションをとりたいIT企業とをマッチングすることで、三方良しのアプローチを試みた挑戦的な企画。

引用:https://note.com/btaros/n/n3fdfad85d005

大学院を休学したばかりの頃には、内閣府の自動運転の研究開発プロジェクトを手伝ってて、このプロジェクトを一緒にやってた人達と2018年にアーバンテックのスタートアップを創業しています。

以上が、須田英太郎さんの学歴に関する記事でした。

須田英太郎さんはかなり熱い人でチャレンジャーな人の印象を受けました。

高校時代から自らドンドンと人生を切り開いてる方で、動きながら道を切りひらいてる印象でした。

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